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第36話 ルシアンの香り

Author: 甘梨鈴
last update Last Updated: 2025-07-08 17:00:22

「私には医学の知識があります。特にオメガに関しては、専門家の助手を務めたこともありますから」

「ルシアン様が、専門家の助手を?」

「ええ」

 意外な台詞に目を丸くする。

 ルシアンが最初からエマに優しかったのは、偏見がなかったからなのだ。

「貴方の状態は、定期的に抑制剤を服用しているオメガとは思えません」

「あっ……」

 ルシアンの指摘は間違っていない。

 だけど、抑制剤を飲んでいないと打ち明ければ、その理由を問われるだろう。

 本当のことを話せば、帝国の人間に王族の恥を晒すことになる。

「……」

 エマは、どうすればいいのか分からなかった。

 ルシアンに全て打ち明けてしまいたい気持ちと、王家を裏切ることへの恐怖で板挟みになり、言葉が出てこない。

 黙り込むエマに、ルシアンの優しい声が届いた。

「エマ。無理に話さなくて良いですよ」

「ルシアン様……」

「ですが、私は貴方が心配なのです。それだけは、忘れないで下さい」

「っ!」

 エマを案じる表情に、胸がジンと熱くなる。

 こんなふうにエマを心配してくれる人は、ナタリナしかいなかったのに。

(ルシアン様は、僕が『聖樹』じゃなくても関係ないんだ)

 オメガへの偏見もなく、一人の人間として見てくれる。そのことが、エマには言葉にならないほど嬉しかった。

「ありがとうございます。ルシアン様っ」

 エマは喜びのままに、笑顔を向ける。

 ルシアンも、ニコリと笑って、エマを見つめた。

「エマ」

「はい、ルシアン様」

「今日も、静香石(せいこうせき)を使っていますね?」

「っ……はぃ」

 昨夜の出来事がまた脳裏に浮かんで、カァッと熱くなる。

「も、もしかして、匂いがしますか?」

 エマが尋ねると、ルシアンは口端を上げ、目を細めた。

 微笑んでいるのに、獲物を狙うような目つきだ。

「そうですね。甘くて柔らかい香りがしますよ」
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